こんにちは。桜畑です。
好評の「会社脳から脱出シリーズ」初回に、セミリタイア後の生活は、「自分の期待に応えるステージ」と書きました⇓
- 学校&仕事&子育て生活 ⇒ 「家族・他人・社会」の期待に応えるステージ
- セミリタイア生活 ⇒ 自分が「自分」の期待に応えるステージ
「人の期待に応える」のは双方にとって良いことと思われています。
でも人や組織は、AができたらB、BができたらC…って際限なく期待します。
ついつい「がんばりますっ!」って言ってしまう「会社脳」を、ちょっともみほぐして、「自分優先OK脳」をつくる練習をしてみましょう。
こんな疑問を解決!
人の期待に応えて満足してちゃ、いけないの?
「期待に添う」ことばかり続けるとどうなる?
自分の期待に応えるってどういうこと?
目次
1,人の期待に応える「いい人」の末路
①「いい子」と言われる人
人のい言うことを素直にきくいい子は、
子ども時代は親からの期待に応え、
学生時代は教師の期待に応え、
会社員時代は会社や上司の期待に応えます。
女性は特に、
結婚したら夫や姑の期待に応え、
子どもの期待に応え、
地域やPTAの期待に応えます。
そうやっていると、自分はなくなっていきます。
あるいは、自分がないからそうなっていきます。
②「ワガママ」「マイペース」と言われる人
人の言うことをきかずに好き勝手する子は…
子ども時代は、食べたいものを食べ、着たいものを着て、
学生時代は、好きな分野だけ勉強し、掃除をサボり、
会社員時代は、5時から元気なお調子者です。
結婚や子育てで「期待に応えるしかないステージ」に追い込まれても、
ちゃんと愚痴を言い続け、怒ったり、サボったり、逃げたりします。
トラブルも多い人生ですが、生き生き楽しく暮らします。
③いい子は、ある時気づく
「いい子」族は「ワガママ」族を見て、トラブルが多くて大変だなぁと思います。
「人の期待に応えていたら、ラクなのに」……。
でもある時、元気をなくしたり、病気になったりして気づきます。
「いやいや、こんなにぜんぶ、やってられるかっ!」
「おかしくないか? 自分が自分の期待に応えるのはいつなの?」
2,人間の成熟とは?
①最初は「従順な駱駝(らくだ)」
精神科医の泉谷閑示先生は、著書『普通がいいという病』の中で、ドイツの哲学者ニーチェの著書を引用して、人間の変化・成熟の過程を
「駱駝(らくだ)」⇒「獅子」⇒「小児」
にたとえて解説されています。
駱駝=従順さ、忍耐、努力、勤勉さ等の象徴。「遠慮なく重いものを積んで下さい。もっと重いものはありませんか?」と望むような存在だそうです。
まさに「会社脳」ですね。
②駱駝がめざめる時
駱駝は、龍によって駱駝にされています。龍は、主体性を認めず、黙って従うことを求める絶対者。そのかわり、龍に従っていれば、駱駝は守ってもらえるのです。
しかし、駱駝はある時、自分が窮屈であることに気づき、獅子(怒りの化身)に変身。怒りの爆発とともに、龍を倒し、自由=主体性を獲得します。
③人間の完成形は「小児」
すると獅子は、獲得した主体性=「われ」を消し、「あるがまま」の小児に、また変身します。小児は無心に創造的な遊びに没入していく。
これが人間の究極の姿なんだそうです。
リタイア後の、まっさらなキャンバスに絵を描きはじめる感じは、まさにそんな境地ですね。
3,セミリタイアで自分を取り戻す
①本来の創造性、遊び心を回復する
「小児=無心で創造的なあるがままの状態」になると、人はどんなふうになっていくでしょうか?
泉谷先生は、患者さんが回復していくときの状況を、こんなふうに書かれています。
クライアントもセラピーが進んで変化していくにしたがって、たいてい、何らかの創造を行うようになります。絵を描くようになる人もいれば、料理に深く関わっていくようになる人もいる。
『普通がいいという病』泉谷閑示
義務的に感じていた家事や子育てが創造的なものに感じられるようになり、日常生活が新鮮な発見に満ちたものになって、文章や詩にそれを表したくなったり、また新しい仕事をクリエイトする人も出てくる。
それはもう、多種多様です。いずれにしても「創造的遊戯」をするような人生に変わります。
「駱駝」(従順な会社員)だった人が、「獅子」のように目覚め、龍(会社・都会)から逃れる。セミリタイア後の生活は「小児」としての自分。子どものような、好奇心や冒険心を回復していくステージですね。
②女性に立ちはだかる第2のドラゴン
女性の場合は、会社という龍=ドラゴンから逃げてきても、「家事や介護など家族責任」「強権的なor何もしない夫」などという別の龍に捕まってしまうことも多いです。
自由を得るためにセミリタイアしたのだから、「家族の期待に応える自分」で、せっかくの白いキャンバスを埋めてしまわないように。まず自分の軸をしっかり持って、やりたいことを優先できるように考えましょう。
その上で、日常の家事や育児も、新鮮でクリエイティブなものにできたら、最高ですよね。
*参考 共働きの家事分担。夫(妻)に家事をさせるこつ(スパルタ)
4,人の期待から自由になる
①断る力をつけ、期待されない自分になる
30数年勤めた会社を電撃退職した桜畑。会社は当然「在宅勤務かアルバイトなら手伝ってくれるのでは?」とか期待します。でも、心を鬼にして断り、徐々に「ああ、もう本当にかかわる気はないのか~」って思ってもらいました。
一部でも古巣に時間を切り売りしてしまったら、結局しばられて何も変わらない。申し訳ない気持ちもあるけど、「ワガママ」「マイペース」を通さなきゃなんですね。
こんなふうに「断る力」がつき、「期待されない自分」になったのを「よしよし♡」と喜べること。これこそ会社脳から脱出したあかし。成長したなぁって思います。
②主婦業も極力増やさない
一方で、家族からも、毎日3食、今までより手のこんだごはんをつくって、家はピカピカになる?って期待されたかもですが……、やりません。
だって、完璧に家事をやったら仕事と同じ。やりたいことができないです。せっかく共働き時代に身につけたクイック家事のスキルを鈍らしちゃもったいない!
それまで、ほぼ夫が担当していた夕食作りはスイッチしましたが、あくまで「食べたいものをつくりたい範囲で」。ほどほど家事を継続です。
*参考 共働き家事の効率化 完敗!ズボラ男子が起こすイノベーション 8選
*参考 共働き家事の効率化 進化!ズボラ男子が起こすイノベーション9選【家具家電編】
③他人の「がっかり」は、関係ない
「会社辞めました」というと、「なんで?」「がんばってたのに」と、家族はまだしも、友人知人までがっかりしたりします。
なんだか「ごめんなさい…定年まで全うできなくて」なんて気分になります。
でもよく考えたら、周囲は「最後まで走り抜けるアスリート」みたいな理想像をつくって勝手に期待しているだけ。
本人は、終わりのないプレッシャー、自分を消してる時間の危うさを知っています。いいんです。好きな時に引退すれば。引退後こそ、本当の人生にしましょう。
(「ええっ辞めたの?いいなぁ」って言う人は大好き!です)。
5,まとめ 人の期待の前に、自分の期待に応える練習を
①なんで期待に応えてしまうの?
子どもの頃から親や学校、会社の期待に応えてきたのはなぜでしょうか。
「ほめてもらえるから」「自分が成長するから」「人が喜んでくれるのが快感だから」…。
ネコだって飼い主にほめられて「ちゅーる」をもらえるなら、お手をする時代です(ウソ!って思う人は、You Tubeで”もち様”を見ましょう)。
人間がだれかを喜ばせ自分も快感を得るために、期待に応えるのは本能です。
その上、子どもの頃から親や学校や会社から「人の期待に応えるのは善」という思想をたたきこまれます。その方が社会にとって都合がいいからです。
②ぬるま湯に浸かっていないか
世の期待、人の期待に応えることは、ある意味快感であり、自分も成長するのでいいように思います。ただ、それだけで人生がいっぱいになると、本当に自分が自分に期待していることはなんなのか?わからなくなってしまいます。鍋の中のゆでガエル状態。考えなくていいから、ある意味ぬるま湯なんですね。
「いやいや、おかしくない?」「会社を辞めて、自由になった方がいいんじゃない?」と、セミリタイアブログとか読んでいる人は、そこに気がつきはじめた賢い人、ラッキーな人です。
自由な時間ができたら、何をしたかったんだっけ?
好きな時間に起きて、食べたいものを食べ、着たい服を来て、読みたい本を読んで、行きたかったところに行ってもいいとしたら?
ひとつでも、自分の期待に自分が応えることを優先してみましょう。
セミリタイアのために必要なハードルをどうクリアするか、計画を練りましょう。
勇気さえあれば、莫大な資産がなくても大丈夫です。
今日からでも、できることを始めましょう!
それではまた! 次回は、いちばん大事な「休む習慣」ですよ~。