こんにちは。桜畑です。2020年6月に会社を辞めて、最初の新年を迎えました。まだ無職です。
「50代 女性 無職」「働きたくない」(笑)とかでネットを検索すると、転職情報をすすめる企業のサイトばっかり出てきます。そうじゃなくて、のんびり暮らしている人の生活ぶりや考え方が知りたいなあと思ったときに2つの小説に出合いました。
会社を辞めるとはどういうことか。その後の生活の2つのパターンがていねいに描かれているので、ご紹介します。
目次
1,『れんげ荘』ー会社から降り、働かずに月10万円で暮らす40代のキョウコの物語(ネタバレあり)
①『れんげ荘』はこんな小説
「月十万円で心穏やかに楽しく暮らそう!」と文庫本のキャッチコピー。
接待に明け暮れる広告代理店の仕事に疲弊し、45歳で早期退職したキョウコの日常を淡々と描いた作品です。
実家住みで高給取りの身分から、家賃3万円、風呂なし共同トイレ・シャワーのアパートへ。個性豊かな住人との交流や物を持たず、猫とふれあう牧歌的な毎日に、読んでいてじわじわ癒やされます。
➁キョウコが会社を辞めたわけ
主人公は、会社を辞めた意味をこんな風に脳内で反芻しています。
一度会社の仕事という立ち乗りの絶叫マシーンに乗ってしまったら、想像を超える速さで走り出し、最初は振り落とされまいと踏ん張っていたのが、そのうち脱力したままマシーンの動きに身を任せ、そしてその脱力した体重さえも持てあますようになって、降りるのを決意したのだ。
『れんげ荘』
ある程度キャリアを積んで、そうがんばらなくても成果を出せるようになったベテランの、なんとなく満たされない、この感じ。望んで早期退職する人の根っこには、多かれ少なかれ、こんな宙ぶらりん感があるんじゃないでしょうか。
③退職までに準備したお金は?
「会社」=「所属していれば入金されるATMつきの乗り物」から降りるためには、経済的裏付けが必要です。もともと派手にお金を使うタイプでなかったキョウコは、退職して家を出ようと決意してから、それまで以上にせっせと貯金に励みます。
見栄や世間体をはばかる母親と気が合わず、実家暮らしを断ち切るというもくろみもありました。
「月10万円で80歳まで」暮らせるというめどがついた頃、兄夫婦が母と同居(父は働き過ぎて55歳で亡くなっている)を申し出たのを口実に、1人暮らしを決行。持ち物を処分し、最低限の物を持って6畳の部屋へと引っ越していくのです。
20年以上社員として働いたキョウコなら、65歳から10万円はかるく越える年金が出るはず。なので、なぜ80歳まで?という疑問は脇におき、月10万円×12か月=120万円×35年というと4200万円。大手企業社員で実家暮らしのシングルなら、実現できそうな貯蓄額ではないでしょうか。
コラム 資産運用すれば楽勝?
キョウコは単純に月10万円ずつ貯金を取り崩して生活しており、80歳で0円になったら、その後どうする?と心配しています。しかし、最近全世界的に注目されているFIRE(ファイアー)=経済的自立を叶えた早期退職の考え方にしたがえば、キョウコはもう安全圏です。
FIREを目指す多くの人の目標は、年間支出の25倍を貯めてリタイアすること。その根拠は、「1年に資産の4%を引き出して株(インデックス投資)と債権で年率5%の運用ができれば、資産は30年以上もつ」という理論に基づきます。
月10万円、年間支出120万円のキョウコにとって、25年分の生活費は3000万円。すでに4200万円貯蓄していたとすれば、上記の運用で、一生食べるのには困らないはず。FIREブームの今なら、キョウコもこのことに気づいて、資産運用をするかもしれませんね。
参考図書
FIRE 最強の早期リタイア術 最速でお金から自由になれる究極メソッド
クリスティー・シェン (著), ブライス・リャン (著), 岩本 正明 (翻訳)/(ダイヤモンド社)
本気でFIREをめざす人のための資産形成入門 30歳でセミリタイアした私の高配当・増配株投資法
穂高 唯希 (著), あべ たみお (イラスト) /(実務教育出版)
④どんな生活をしているの?
キョウコは、3度の食事はオーガニックの食材を選び、きちんとつくります。日中は散歩をしたり図書館や古本屋で手に入れた本を読んだり。
植物に囲まれた古アパートだけに、梅雨時はカビと、夏は暑さや蚊と、冬はすきま風との戦いです。旧友と会って気持ちを整理したり、アパートの住人と食事に行ったり。無職の娘が受け入れられない母親との葛藤もありますが、大きなドラマは起こりません。
⑤無職がこわくない理由=働くとお金がかかる
主人公のキョウコは、会社員時代は営業職で、服やバッグに大金をはたいても必要経費と思っていました。今は隣室の先輩、クマガイさんからセンスのよい服をもらうくらいで、信じられないほど服にお金をかけない生活。でもそれが案外、心地いいことに気づきます。
確かに仕事をやめてひきこもると、服、靴、メイクグッズやランチ代、外食、惣菜、ボディメンテナンス、雑誌、カフェ代、ガジェットなどの費用が激減します。
仕事していると「働いているんだから、疲れているんだから」と、身だしなみや癒やしやストレス解消にお金を使ってしまいがち。高い必要経費です。
一般に無職はこわいと思われがちですが、職がないからこそ使わないで済むお金の大きさは、想像以上。満ち足りた暮らしとは何か? 職業を捨てたり失ったりした時は、それを考える好機かもしれません。
⑥何もせず、たんたんとていねいに生きる
この小説には続編が3冊あるんですが、猫の来訪や母の病気などの変化はあれど、キョウコの生活はかわりません。まったりゆるい空気が心地よくて、味わいながら読みました。
最近、新型コロナ禍で、世界的にベーシックインカムの議論が再燃しています。年齢や健康状態、収入や生活状況にかかわらず、政府が全国民に一定の生活費を配るという政策です。フィンランドでは実証実験も行われたとか。
最低限の生活を保障されて、誰もが「働かない選択肢」を持てる世界が実現したら、あなたはどうしますか?
キョウコのような、1人暮らしのシンプルでミニマムな暮らし、憧れる人も多いでしょう。ある程度働いてお金が貯まったら、「自分ベーシックインカム」ってことで、貯金で生きるのもいいなぁって思えてきませんか?
そろそろ保険会社も「マイ・ベーシックインカム積み立て」とか「FIRE積み立て」とかの商品を、企画しているんじゃないかなぁ。私はおすすめしませんけれど。
2,『海の見える家』 20代でブラック会社を辞め、田舎へ。コミュニティの中で自分の仕事を創っていく文哉の物語。(ネタバレあり)
①『海の見える家』はこんな小説(ネタバレ注意)
新卒で就職した会社がブラックと気づき、1か月で退職した文哉(ふみや)。疎遠だった父の急死の知らせに、南房総へ向かい、父が独居していた海辺の一軒家に住み着きます。
地元の人と親交を深めながら、父親の過去をひもとき、海辺の暮らし方を学び、本来のたくましさを取り戻して生きる方向性を見いだしていきます。
文哉の成長と、父は50代でなぜこの地を選び、どんな生活をしていたのか?という謎に惹かれて、次へ次へと、読みすすみたくなる小説です。
➁貯金はなし。住宅費はゼロ
父親の持ち物の整理をはじめた文哉の手持ち資金は15万円を切っていました。父の残したわずかな普通預金も、入手できるのは2か月先。家賃はかからないとはいえ、食費にも窮する状況に陥ります。
しかし文哉は資金ゼロの状態で、バイトも就職先も探さずに生きる道をさぐりはじめます。父の家なので住宅費はゼロ、車や家財釣り道具も引き継ぎ、父の知人に海で採れた魚や貝、野菜を差し入れてもらいながら、なんとか暮らしはじめました。
③まずは自給自足的生活
父の釣り道具を持ち出して自己流の釣りを試みるも失敗した文哉。地元の人に食べられる貝や海藻の採集方法を習い、釣りも上達していきます。父が庭につくっていた畑で野菜つくりにも挑戦。後に偏屈な隣人から畑を借り受け、肥料を使わない自然農法を知って本格的な野菜栽培につながっていきます。
岩礁でとれる小さな貝やカニの滋味を知り、サーフボードの上に立って見る景色に感動する文哉。会社からドロップアウトしたことで、今まで知らなかった海辺の暮らしを味わい、心をつかまれていく描写がよいですね。読みながら、海辺暮らしを疑似体験できてわくわくしてきます。
④別荘管理人、ショップ経営、イベント企画…地域で仕事を創っていく
いったん東京のアパートに戻ったものの、海の魅力が忘れられない文哉。南房総に戻ると、留守番電話の録音から、父が近隣の別荘の管理人で生計を立てていたことを知ります。業務記録を発見して、その仕事を引き継ぎ、草刈りや清掃で少しずつ収入を得ると共に、別荘にやってくる富裕層の男性から、商売の秘訣を教わるようにもなりました。
続編の話になりますが、父が自宅を集会所として地域コミュニティに貢献していたことを知り、自宅の一部にショップをつくり、別荘の住人の交流イベントで収入を得ると共に、顧客の獲得にも生かしていきます。
前編で、文哉が流木を拾って地元の女性作家に届けたり、地元のショップに下ろす手伝いをはじめていますが、この経験が地元作家の作品を扱うショップ経営への導線となっており、そこがそうつながるのか!と楽しみながら読みました。
⑤取り戻した時間。自由への近道
世界的に、会社員として時間を売り、給与を得る仕事を離脱して、フリーランスや自営業になる人が増加傾向です。日本でも副業が解禁され、複数の仕事で稼ぐ戦略がそう珍しいものではなくなってきました。
『海の見える家』は、そうした仕事文化の潮流をとらえ、かんたんではないけれどエキサイティングな、自由への道のりをわかりやすく示してれるのが魅力のひとつと言えます。
以下は主人公の文哉を、自然農法に導く幸吉の言葉です。
「あんちゃんは『はい、時間ならあります』と答えた。要するに、自分の時間を持っている。それを自分で使える。つまり余裕があるってこった。時間がありさえすればいろんなやりようがある。忙しがるやつは、これしか方法がないと思い込み、たいてい不幸せそうな顔していきてるもんさ」
『海が見える家』
これしかないと思い込んでいる道。そこで理不尽に時間を奪われていないか? 勇気さえあれば、もっと人間らしく生きられるのでは? そんなことを問いかけてくれる小説です。
3,まとめ 会社から降りて生きていく、3つのポイントーー2つの小説の共通点とは
①自給自足・手づくりと物々交換。市場経済から一歩引く
キョウコと文哉。ふたつの小説の主人公は、会社や物質的満足という既存社会から一歩身を引いて、新しい、自由なライフスタイルをつくっています。その際、生活費をどうするのか?という問題に、2つの共通した特徴があります。
1,自給自足と手づくり
『れんげ荘』のキョウコは毎日の食事に市販品を使わず、自分でだしをとり手を抜かずに料理。蚊が襲来すれば網戸を自作します。『海が見える家』の文哉は文字通り海や畑からの採取で、食材の一部をまかないます。
売っているとびっくりするほど高いものを、自分の手で安価に手に入れる満足感。自給自足や手づくりは、安定収入から離れたとき、思いがけない安心感、満足感を与えてくれます。
2,物々交換
キョウコは隣室のクマさんから洋服をもらい、代わりに茶碗を渡して喜ばれます。
文哉は雑用と引き替えに海産物をもらったり、拾った流木を作家に届けて、作品をショップに置かせてもらっています。
田舎では1次産業が身近なので、野菜や果物、魚、狩猟した肉などが配りあうことが多いようです。
貨幣経済以前は、これが当たり前の流通。不要品を売買するフリマサイトなども、お金を介しているとはいえ、個人間取引という点では原点回帰でしょう。物はお金で手に入れる物…という都会人にしみついた感覚を少し変えてみると、お金の不安がかるくなるのではないでしょうか。
➁住居費、固定費を下げて物を買わない。あるものを使う
ひとり暮らしの家賃は、平均で生活費の約3割を占めると言われます。実家暮らしやシェアハウス、古民家に住んでローンを避け、家賃を下げるだけで、使えるお金が格段に増えます。
キョウコはトイレ・シャワー共同の古アパートに住むことで、文哉は父親の遺した空き家に住み替えることで、住居費を下げています。
キョウコのように部屋が狭ければ物は増やせないので買わなくなり、本も図書館で借ります。文哉のように父の遺した家財を利用すれば買わなくてすみます。
自分の軸を持って淡々と暮らしていると、消費社会の誘惑とは無縁。今あるものや、ストーリーのある本当に大切な少しの物をと生きていく姿は、すてきだなと思わされます。
③周囲とゆるくつながりつつ、自立する
シングルのまま実家から通勤していたキョウコは、家を出て親から自立し、退職して会社からさえも自立して、ひとりの人間として歩き始めます。大学生までの仕送りは終わり、ブラック会社とも決別した文哉も、自分の仕事で自立への道を歩みます。
キョウコはアパートの同居人や旧友、兄夫婦、そして訪ねてくる猫に支えられつつ、急病で倒れた隣人を助けたり、無職の若い女性を食事さそって話をきいてあげたり、周囲に小さな貢献をしながら平和に生きています。文哉は地域コミュニティや別荘族に助けられるうちに、両者のハブとしてつながりをつくる活動をはじめました。
40代のシングル女性と20代の青年。立場はまったく違いますが、自分の足で立って歩いている姿に、同じようなすがすがしさを感じました。市場経済から一歩引き、身近でゆるいつながりの中で、自分の役割を見つけていくような生き方。どの年代であっても、そうした選択をする人は今後たくさん出てきそうな予感がします。
いずれにしろ、若くして、あるいはシングルで、会社に頼らず生きていく人は本当に勇気がありますね。
自分の時間を取り戻して、自分らしい人生を見つけるために、
今思い切って辞めるか? お金を貯めてから辞めるか?
この2つの小説で考えてみてはいかがでしょうか?
■『れんげ草』シリーズ
『れんげ荘』 群ようこ(ハルキ文庫)
『働かないのーれんげ荘物語』 群ようこ(ハルキ文庫)
『ネコと昼寝ーれんげ荘物語』群ようこ(ハルキ文庫)
『散歩するネコーれんげ荘物語』 群ようこ(ハルキ文庫)
2021年1月に、5冊目が発売されてました!!
これから読んでみます!!
※追記 読みました!ゆるい空気感は変わらずですが、若い登場人物たちが成長していきます。なかなか会えなかった猫さんとの新たな展開も。「沼」でぐずぐずせず、切り捨てる勇気についての記述が印象的でした。
■『海が見える家』本編と続編
『海が見える家』はらだみずき 小学館文庫
『海が見える家 それから』はらだみずき 小学館文庫